季節に映ることば
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春の花 フランス詩から

3回目:比田井和子

可憐に咲く花々は世界中の人々から愛され、多くの詩にうたわれてきました。今日は、春の花をモチーフにしたフランスの詩をご紹介します。

 

 フランス詩の世界にようこそ(吉田加南子「はじめに」より)

本書は、フランスの中世から二十世紀までの代表的な詩人の作品を選んで編み、訳したアンソロジーです。

国や時代はちがっても、詩を楽しむ気持ちは同じです。喜びや悲しみを歌い、またしみじみと思いにふけったり、ユーモアをまじえて笑いとばしたり、時にはちょっぴり皮肉も言ったり……。詩人たちのさまざまな声に耳を傾けてください。詩にふれることで、私たちの感覚や感情、心や精神は、どれほど豊かになることでしょう。

書家の方たちに、日本のものばかりでなく、こうした外国の詩の言葉も書いて頂けたら、という願いから、このアンソロジーは生まれました。書作品として書いて頂くことによって、詩に新しい息吹きが与えられ、共に言葉や文字によっている詩と書という二つの世界が、互いに広がりと深さを増すことができるなら、これほどうれしいことはありません。

(中略)

原詩の著作権についての問題は、本書では発生しません。詩の全篇でも、また一行二行でも、何かを感じて書作品として取り上げて下されば、訳者の喜び、これにまさるものはありません。機会があれば、そのお作を拝見したいものです。


では、始めましょう。最初はジョワシャン・デュ・ベレーの「風への願い」。麦を簸(ひ)るとは、ごみなどを除くため麦をあおること。農夫になりかわって、詩人は風に呼びかけます。
二つ目の「贈ろう この菫」から始まる段落は、作品におすすめです。

風への願い――麦を簸(ひ)る者から   ジョワシャン・デュ・ベレー

軽やかに群をなし
かりそめの翼(つばさ)で
世界を翔(か)けめぐっては
ささやくように息をし
影なす緑を やさしく揺する 
おお おまえたちに

贈ろう この菫(すみれ)
この百合(ゆり) またこの愛らしい花々
そして 咲いたばかりの
これら みずみずしい
真紅(しんく)の薔薇(ばら)
この撫子(なでしこ)も

おまえたちのやさしい息吹きを
この野におくっておくれ
この地を吹きわたり あおいでおくれ
わたしが懸命(けんめい)に 麦を
昼日なか暑さのなかで
箕(み)で簸るあいだ
  『田園遊楽集』

次は、ギョーム・アポリネールの「クロチルド」です。愁いが眠る庭に芽を吹いたアネモネとおだまき草。めぐりゆく自然のように、美しい影への旅が始まります。

クロチルド   ギョーム・アポリネール

アネモネとおだまき草が
芽(め)を吹いた
愁(うれ)いが 愛と蔑(さげす)みのあいだで
眠っている庭に

僕たちの影も庭にやって来る
そして夜にかき消されてしまう
影を濃(こ)く昏(くら)くして
太陽はその影ごと消えてゆく

ほとばしる水の神々が
流れに髪をまかせている
去り行け おまえは追いつづけなければならない
おまえの求めているあの美しい影を
  『アルコール』

続いて、輝くような5月の詩です。

五月の晴れた空のもと   ギョーム・ド・ロリス

五月の晴れた空のもと
時は歓(よろこ)びと愛に満ちている
なべてのものの晴れやかさよ
茂(しげ)みも また垣(かき)も
この五月 新しい葉を
まとわぬものは何ひとつない
『薔薇(ばら)物語』

最後は、ジュール・ルナールの『博物(はくぶつ)誌(し)』。とにかく楽しい♡ 作品に書きたいことばがたくさん♡

『博物(はくぶつ)誌(し)』より   ジュール・ルナール



長すぎる

子午(しご)線(せん)の四分の一のその千万分の一の長さ



どうしたのだ 夜の九時だというのにこの家はまだ明るい

草のなかの この月のしずく

黄(こが)金(ね)虫(むし)
 晩(おく)生(て)の芽(め)がひらいて マロニエの木から飛び立つ

蟻(あり)
 どいつもこいつも数字の3のようだ
 そして ぞろぞろ ぞろぞろ あること あること
 33333333333333……これでは無(む)限(げん)に届いてしまう

蝶(ちょう)
 折りたたまれた恋文(こいぶみ)が花の住所をさがしている

りす
 身も軽く秋を点(とも)してゆく 茂(しげ)った葉の下で尻尾(しっぽ)の小さな松(たい)明(まつ)を振(ふ)ってはまた振って


川かます
 短刀が柳(やなぎ)の木(こ)陰(かげ)でじっとしている――老いた山賊(さんぞく)が脇(わき)に隠(かく)し持つ短刀が――

2017年4月4日
     
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