古碑帖の正確な見方

筒井茂徳(書法家)

第八回上 草書の名品「十七帖」を習う その1

2021.02.15

連載第五回上、下では王羲之の行書「神龍半印本蘭亭序」を学びました。今回は王羲之の草書「三井本十七帖」を取り上げます。十七帖の数多い異本の中で三井本と並び称せられるのが「上野本十七帖」で、上に両者の巻頭部分を並べておきました。図版が小さいために十分には鑑賞できないものの、表現が全く違っており、情趣もまた異なることが一見して分かることと思います。

今回はこれまでとは違って、巻頭の十二字を学ぶことにしました。というのは、「十七日先書」というごく少ない画数の、単純な字で始まっているので、そのまま習ってしまおうというわけです。内容は手紙の文面で、「十七日先書。郗司馬未去、即日得足下書為慰。先書以具示。復数字」(十七日先書す。郗〈ち〉司馬未だ去らざるに、即日足下の書を得て慰と為す。先書以〈すで〉に具示す。数字を復するのみ)とあり、これで一通分です。

前回、書譜を学んだ際に、「善」や「書」において筆を打ちかえるとか筆を入れ直すという用筆が出てきました。三井本十七帖にはそれがある意味不自然なまでに強烈に表現された箇所があり、「断筆〈だんぴつ〉」などと呼ばれることがあります。表現としては意志的なかっちりした力強い骨格を際立たせています(今回の六字では、「先」「書」に表れています)。

では、次に巻頭の最初の六字を拡大し、半紙六字書きの手本として配置した図版を掲げます。可能であれば、実際に筆を執って練習してみましょう。そして手本と練習作品両方の各字に赤の水性サインペン等で概形枠を記し、また補助線等を適宜、書き込んでみることです。そうすれば、きっと何らかの相違が見つかることと思います。相違が見つかりさえすれば、その相違が無くなるように練習を重ねてゆけばよいのです。これを繰り返すことによって、必ず上達してゆくはずです。

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いつものように手本の各字に概形枠を施すとともに、一般的に有効性の高い補助線を示し、また重要な交叉と接続のポイントを赤い点で、縦方向の筆画の傾きを知るためのポイントを緑の点で記した次の図版をごらんください。各字の解説の項では、参考までに三井本の右に上野本の字を併載しました。

「十」
初めて習う方は三井本の表現にとまどうかも知れません。が、上野本との共通な表現を見ると、筆を十分に開いて太い筆画を表現しており、縦画は横画の中央よりかなり右の地点で交叉し、右下方に向かっていることが分かります。第一回下の「文字の左右の中心に在る縦画」の項で、ほかでもない十七帖のこの字を例に挙げて説明しましたね。

第二回上の用筆の説明でお話したことですが、筆の入る角度と筆画の表裏のことを思い出してください。そのことを頭に置いた上で、思い切って筆を開き、横画、縦画ともに中央部を引き締め、ついで筆圧を加え、収筆部では筆の腹の方を上げてゆくと、手本のような表現に近づけることができます。ところで最も筆画の太い箇所はどこでしょうか。

「七」
横画の書き方は「十」のそれとほぼ同様です。第二画も思い切って筆を開いて右下方に運び、横画と直交すると筆を閉じ気味にして短く下ろし、右方向に向かいます。また第二回下の「筆画の交叉」では、「左右、上下の長さの比率に注意して手本を観察する必要がある」と書きました。この「七」では中央の赤い点がそれぞれの長さの比率を考える目印になります。この字においても最も筆画の太い箇所を見つけましょう。

「日」
第一筆の右下方への傾き具合は、緑の二点で具体的に分かります。第二筆は縦画部分に注目すると、やはり緑の二点間の傾きが重要で、この傾きは第一筆の傾きよりもさらに傾けてあります。そして二点目から赤の点(つまり第三筆との交叉点)までは真下に下ろし、赤の点を過ぎてから左下方に向かいます。第三筆は中間部を細く引き締めています。

「先」
楷書の形から類推すれば想像がつくことですが、右上部は転折として書いてはなりません。この字は十七帖にほかに二回現れますので、それを下に載せます。
この二例で明らかなように、右上部は横画の収筆部で穂先を左上に突き、そこから折り返して縦画部を起筆し、途中で横画部と交叉するように書くのです。

第一筆は右回りに起筆し、下端で小休止の後、筆を右下方に打ちかえて右上方に運びます。転折部分を二筆で書くことにより、かっちりした強さを表現しているわけで、すぐ右下の転折部分も同じ書き方です。

「書」
第一筆は一般的な縦方向の筆画(第二回上「筆画の表裏」参照)とは異なり、筆の穂先は右側を通って始まります。ふつうに筆を構えると穂先は左下方に向いていますが、手首をすこし左に回すと穂先はやや右下方を向きます。その状態で左下方に筆を入れ、右下方にやや右回りに筆を吊(つ)り上げながら運ぶと、手本のような起筆部が表現できるはずです。この姿は特殊なように見えますが、直前の筆画の収筆部からの筆が紙の上をかるく飛んで左下方に入り、そのまま縦方向に下りた時におのずと生まれる筆遣いの一つで、自在な用筆をほしいままにする王羲之の一面を見せています。それがうなづける箇所として、十七帖中の「都邑帖〈とゆうじょう〉」に見られる次の表現があります。
ここは文章としては「数書問」(数〈しば〉しば書問す)とあるところで、やはり「書」の起筆部に同じ筆遣いが使われています。十七帖に見られる同様の用筆をいくつか挙げておきます。
第二筆は第一筆と交叉する赤い点のところから右下方に向かい、右上部では急角度に筆を転じます。左下部の転折部では「先」と同様に筆を打ちかえます。概形は縦長、筆画の太細の変化、そして疎密の表現に気をつけましょう。

「郗」
この字は国語ではふつう使わない字で、中国人の姓です。第一筆を横画、右下方への縦画、続く横画の三つの部分に分けると、第三部分は細めの筆画で、左回りに水平に書きます。直線と曲線の表現に注目すると、曲線らしい曲線は第二筆の最初の左下方への筆画くらいで、ほかの筆画はほとんど直線的に書いてあり、角張った転折部の表現、また急角度の転回とともに、この字に堅固な力強さを与えています。

六字全体で最も太い箇所は「十」の横画の起筆部です。それぞれの字における最も太い箇所に注目すると同時に、六字全体の中で最も太い箇所にも目配りできるようになると、章法(字配り)をより正確に観察できるようになります。

【附記】
三井本十七帖は王羲之の草書と伝えられる作品の中でも特にすぐれたものとして古くから重んぜられてきたものです。筆画が鋭くて、しかも厚みがあり、すこぶる精彩に富むものです。一方で王羲之の他の草書には見られない、独特の不自然さを感じさせる点も無いではありません。

そこで習うにあたっては上野本の表現なども加味し、もうすこし自然な、おだやかな表現を目ざすという考えもありましょう。各字の解説の初めに上野本の字を並べて掲げたのも、何らかの参考になればと考えたからです。

その一方、作品の特質は表現そのものと密接不可分であり、できるだけその表現に肉薄してみようという考えもあってよいものです。あるいはそういうところから表現の幅を拡げる、自分なりの思わぬ発見が生まれるかも知れません。

第八回下では、この練習課題に続く次の六字「司馬未去、即日」を扱います。

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