古碑帖の正確な見方

筒井茂徳(書法家)

第七回上 「草書の名品 書譜を習う」その1

2021.02.01

この連載では総論から始めて基本的な考え方をお話し、ついで楷書、行書の代表的な名品の学習を通して具体的な応用の仕方を説明してきました。

第七回上下では初唐の孫過庭の「書譜」を、続く第八回上下では東晉の王羲之の「十七帖」を扱います。時代が後の書譜を先に学ぶのは、拓本である十七帖と違い、書譜は真跡であるだけに用筆(筆遣い)が分かりやすいからです。書譜は王羲之の草書の正統的な継承者であり、書譜から入って王羲之に遡(さかのぼ)ろうという目論見(もくろみ)です。

草書の書法の一般的な特徴については、連載第五回上に記した行書の特徴とほぼ同様ですので、ぜひご参照ください。ここでは書譜全文の中からさまざまな特徴の見られる画数の少ない文字を選び、半紙六字書きに配列した次の手本(「二上長方自若」)について、書法の特徴を略述します。

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用筆
・起筆部では筆がすっと入ることが多い(「二」、「上」等)。
・起筆部できちんと止めて入る(「方」第一筆)。
・起筆部で強く押さえて入る(「自」)。
・逆筆で起筆する(「長」第一筆)。
・直前の筆画からの気脈の繫がりで逆筆で起筆する(「方」第二筆)。
・筆が転回するところでヘアピンカーブのように鋭く曲がる(「長」第一筆、「自」等)。
・転折部を角張らせる(「長」第二筆の縦方向から横方向に転ずるところ等)。
・直線を混じえる(「若」下部の、左下から右上方に上がってきた筆が急に折れて左下に向かう短い画)。
・太細の急激な変化(「方」第二筆、「自」、「若」下部)。
・収筆部はすっと抜く(「二」)、軽く止める(「上」)、払う(「長」等)場合が多い。

結構
・文字の姿勢(傾き)は楷書や行書と同様であり、文字の背骨を想定すると、右下方に向かうことが多い。文字の中心および右側に在る縦方向の筆画に留意する必要がある(「上」、「長」、「自」)。また重畳法(連載第一回下参照)も用いる(「二」)。
・文字の上部を大きく作る(「長」、「自」、「若」)。
・文字の左上部を大きく作る(「方」)。
・疎密を作る(「方」、「自」、「若」)。

章法(字配り)
・縦の行はほぼ垂直に見えるようにそろえる。
・横の段はそろえる必要はない。字間はほどほどに空ける。文字には大小があり、概形は様々であるから、横の段は自然に多少ずれることになり、行書、草書ではその方が自然である。

各字についてはあらためて説明しますが、上記のことを頭に置き、できれば臨書してみましょう。ある程度、納得できる練習作品が出来たら、手本、作品両方の各字に四周を四角く囲む概形枠を書き入れ、比較してみることをお勧めします。気になる箇所には任意に補助線を引き、また筆画の接続および交叉する地点に点を打ってみると、なるほどここに問題があったのかと自得することがあるだろうと思います。

手本と練習作品との相違が見つかれば、その相違が無くなるように練習を重ねましょう。では、次に概形枠および一般的な補助線等を書き入れた図版を示し、その下に各字の簡単な説明を記します。

「二」
概形はほぼ正方形です。概形が横長になる人は、横画を短くすることと二横画間の空間を広くすることを考えましょう。第一画はやや右上がりに、第二画はやや右下がりに作っています。また、右上の図版に見るように重畳法を使っています。

「上」
概形は縦長です。筆順は縦、横、横の順と、横、縦、横の順との二通りが考えられ、いずれとも決めがたいのですが、書譜にもう一回現れる「上」字(右上の図版)を見ると、横、縦、横の順かも知れません。あわせて、この二つの作例がまるで別人が書いたかと思われるほど異なる姿に書かれていることも見ておきましょう。

「長」
第一筆の起筆部は文字の右上方でやや右下方に筆を入れ、折り返して逆筆で起筆します。第二筆は縦方向の筆は左回りに下降し、その下端で右下に小さく筆を入れ直して角を作り、右上方に転じます。概形はかなり縦長です。赤の二つの交叉点は、第一筆と第二筆が互いの筆画をどんな長さで横断しているかを教えてくれるとともに、第二筆の縦方向の部分の傾きをも示しています。

「方」
第一筆は赤の点の箇所の前後をやや細めに作り、収筆部では静かに右下方に引き抜きます。そして空中で小さく右回転して第二筆を逆筆で起筆し、第一筆とほぼ直交します。直交したら筆圧をしだいに加えてゆき、左下方に転ずるところから筆圧を少なくしてゆきます。第三筆の左払いは右回りにならないように注意しましょう。

「自」
太細のはげしい変化を表現するのは意外に難しいもので、もちろん筆圧の強弱で表します。左右の縦画部はいずれも全体として右下方に向かいます。右上部の転回は非常に急で、筆画を引き締めてヘアピンカーブを曲がり、筆圧を加えながら右下方に向かいます。

「若」
この字の構造を知るために、王羲之の楷書と行書を次に掲げます。楷書は「東方朔画賛(とうぼうさくがさん)」、行書は「神龍半印本蘭亭序」です。こうして「若」の楷書、行書、草書を併せて見ると、草書における草冠がどこまでか、また「右」はどの部分かが分かるでしょう。草冠と「右」とを連続する線もお分かりでしょう。水平の青の補助線は概形を縦に二分する位置に記したものですが、草冠と続く連綿線までが概形のほぼ上半分を占めています。「右」は太細の変化と、きびきびした切れのよい転折が二つながら表現できるように練習したいものです。

[宿題]
下の図版は書譜の「易」字と、それを部分的に改変したものです。二つの図版の表現はどこが違うでしょうか。また書譜本来の「易」は左右のどちらでしょうか。

次回は書譜巻頭の次の六字を扱います。文字は「夫自古之善書(者)」(夫〈そ〉れ古〈いにしへ〉よりの書を善くする(者))です。

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