何期須傳
北川博邦
北川博邦

刀法新論(一)

これまで三回、マジメ半分(つまりはフザケ半分)の話ばかり書いてきたので、ここらでちとマジメ八、九分くらいの話を書くとしよう。

 

先年、國學院大學書道研究室の雑誌「若木書法」に「刀法僻言」なる、ちと論文めいた文章を書いた。例によってマジメ半分であったから、京の五條の橋の上の牛若丸よろしく、前や後や右左、ここと思えばまたあちら、というなんだかわけのわからない者、つまり僻言(ひがごと)になってしまった。そんな者を讀んだ人も少ないだろうから、今ここに簡潔に要點のみ記しておくことにしよう。

 

篆刻に於ては、字法・章法・刀法を三法と稱している。字法・章法についてはまた別に論ずることもあろう。そこで先づは刀法について論ずることとする。

 

何らかの物や事について論ずるときには、ある種の制約や條件があるはづである。全く無制限、無條件では、なんともまとまりがつかないであろう。そこで今ここに刀法を論ずるにあたって、そのための前提條件を思いつくままにいくつか擧げておくことにする。

 

 

 

一、材質。篆刻に用いる印材は石である。

元末に王冕が花乳石を得て自ら印を刻してより、文人士夫のこれに倣う者が出で来り、篆刻が藝苑の一角に地歩を占めるようになったのである。金銀銅鐵、晶玉、牙角、竹木等に刻する場合は、それぞれに專用の工具と專家としての職業的習練技巧を必要とするが、石に刻するにはその必要はないからである。

 

二、刀制。印刀の「つくり」である。通常は偏鋒斜頭刀、中鋒平頭刀が用いられる。リクツを言えば、偏鋒平頭刀、中鋒斜頭刀も有り得るが、そのような者を用いる者はほとんどないであろう。刀制によって、用いることの出来る刀法と出来ない刀法とがある。

 

三、印材の固定方法。印牀を用いて固定する方法と、握石による者とがある。印材の大小、また使用する印刀の形制によって、いづれの方法によるかが分れる。

 

四、執刀法。執筆法に類するが、刻印の場合は、ほぼ単鉤、雙鉤、握刀の三種となろう。印材の大小、印材の固定方法、刀制により、どの法を用いるかの差が出てくる。

 

五、刀法とは、白文印を刻するときの用刀の法である。これは前四者と並列すべき前提條件ではなく、實は、前四條件の上に置くべき大前提であろう。ごく単純明快に言うならば、白文印の場合は、一刀で一點一劃を刻成することが出来るが、朱文印の場合は少なくとも二刀を要する。つまり朱文印の刀法は、白文印の刀法の應用に過ぎないのである。

 

◯ これは言わずもがなのことではあるが、專ら右利きの者について言っているのである。もっとも左利きの場合は、右利きの逆を行なえばよいだけのことであるが、それでも偏鋒の印刀は刃のつけ方を逆にしなければならない。

 

 

以上に述べたことは、少しでも印を刻したことのある者にとっては、今更言われるまでもない自明のことであろうが、前置きとして念の為に言っておくことにする。次回から本題に入ることとする。さてどんなことを言い出すやら。 半月待ってりゃ、出て来るんだよ。