2011年12月15日

墨場必携:漢詩 無題 夏目漱石作 大正五年

    
1106日立0282.jpg                                       23.11.6 柳瀬荘 埼玉県所沢市

  「無題」(大正五年 作)    夏目漱石
                      『漱石全集』第十八巻所収

    不入青山亦故郷
    春秋幾作好文章
    託心雲水道機尽
    結夢風塵世味長
    坐到初更亡所思
    起終三昧望夫蒼
    鳥声閑処人応静
    寂室薫来一炷香
    
      青山に入らざるも 亦(ま)た故郷
      春秋 幾たびか作る 好文章
      心を雲水に託して道機(どうき)尽き
      夢を風塵に結んで世味(せいみ)長し
      坐して初更(しよかう)に到りて 思ふ所亡く
      起きて三昧(さんまい)を終えて 夫(か)の蒼(さう)を望む
      鳥声 閑(のど)かなる処 人も応(まさ)に静かなるべく
      寂室(せきしつ)薫(くん)じ来たる 一炷(いつしゆ)の香(かう)

    
1205薄5847.jpg                                           23.12.5 東京都清瀬市

   ※青山:墓所、死して骨を埋めるところから故郷の意。
   ※春秋:廻り来る春秋。そこから、過ぎゆく時間、年月、日々、日常の意。
   ※文章:必要・必須のぎりぎりのものではない余裕。美しい模様、飾り。
       天地の織りなす綾(あや)模様。さらには礼節や諸々の文化的価値に
       ついて用いる。文字を連ねてなす一般にいう「文章」もそれのひとつ。
   ※道機:道の修行による心の働き、またそこに到る機縁。 
   ※世味:世間の味わい。世の中に向ける興味や関心。
   ※初更:「更」は夜の時間帯を五つに区分して呼ぶ単位。「初更」はその最初
       の時間帯で、午後八時頃を中心とする二時間内外。
   ※三昧:想念を集中させること。座禅をいうか。
   ※夫蒼:夫(か)の蒼天、大空のこと。
   ※寂室:ひっそりした部屋。
   ※一炷香:ひとくゆりの香。

   
1106柳瀬荘0278.jpg                                       23.11.6 柳瀬荘 埼玉県所沢市

    埋骨の地に行かなくとも、ここもまた故郷、
    自然はこの年月にどれほど美しい風景を作りだしてきたことか。
    心を行雲流水に託して道を求め続けることは果てしなく、
    俗界に暮らして世間を生きることも長い。
    座ったまま夜にいたり、心に思うところはなく、
    立って三昧を終えて、大空を仰ぐ。
    鳥の声がのどかに聞こえるここは、人も静閑にあるのがふさわしい、
    ひっそりした部屋には、ひとくゆりの香の煙が流れ来るばかり。

    
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                                          23.12.13 東京都清瀬市




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