楷書は3世紀頃、中国で誕生したと言われています。歴史を経るに従ってその形は次第に成長し、唐時代に美しく開花しました。歴史の中で燦然と輝く数々の名品が生まれたのです。
上は初唐の三大家が書いた楷書名品です。とても美しく、品格があります。活字のように無表情ではなく、個性的で強い印象を与える楷書です。
今回はこの中から、孔子廟堂碑のお話をします。
628年、唐太宗(とうのたいそう)の勅命により、長安の国子監(国立大学)に孔子廟が建設されました。これを記念して建てられたのが「孔子廟堂碑」です。文章と書は、欧陽詢(おうようじゅん)とともに当時の書の指導者だった虞世南(ぐせいなん)です。紀年はありませんが、628年〜630年の刻とされています。
太宗は虞世南について、五徳(徳行・忠直・博学・文詞・書翰)ありと称賛し、学書の師として尊敬しました。この碑は70歳を過ぎた虞世南が、太宗の信頼を受けて、自らのすべてを注いだ力作です。
美しい文字ですね。伸びやかで無理のない自然な運筆でありながら、高い品位を醸し出しています。虞世南を同時代の欧陽詢より上位におく立場も生じました。
原石は火災にあって壊れてしまい、原石からの拓本は唐代の旧拓といわれる一本(臨川李氏本)だけが残されています。ところがそれも不完全なもので、失われた部分(約三分の一)は覆刻(陝西本)で補ったり、塗って作字したもので埋められています。
このページの文字ははっきりと見えますが、実はすべて後に作られた文字です。左の釈文の文字のように、四角で囲まれている部分は原石拓本ではないので要注意! 臨書作品を作る時、避けたほうがいいでしょう。(実際の書籍にはオレンジ色のマークはありません)
発行されたばかりの「シリーズ・書の古典」の孔子廟堂碑(赤平泰処編)はこちら。テキストシリーズはこちら。
最後に、臨書をご紹介しましょう。
比田井天来の『天来習作帖』にある臨書です。
「虞世南の書はきわめて温厚のうちに力のある書で、品位をもって論ずるときは唐第一でありましょう」(比田井天来『書道の歴史と学習法』)
でも、『天来習作帖』の解説ではあまり褒めていません。
「虞世南の孔子廟堂の碑は、品位を以って論ずるときは、唐碑第一に推さねばならぬ。けれども、とらえどころがなく、また面白みもない。絢爛のかえって疎淡に至るとでも評すべきもので、手のつけようがない」
なんてこと! 臨書、難しかったのかな。
まあ、それはそれとして
天来の高弟で、臨書だけの展覧会である「書宗院展」の創始者、桑原翠邦先生の臨書作品です。原本の雰囲気をとらえた、趣のある臨書です。
上田桑鳩先生の臨書集も発行しているので、調べてみましたが、孔子廟堂碑の臨書は収録されていませんでした。
先程の『天来習作帖』には、こんなことも書かれています。
「然し、(孔子廟堂碑は)実用書の手本としては、至極妙である」
なるほど、こんなふうに穏やかであたたかい字を書く人は、みんなに愛されるでしょうね。
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虞世南・孔子廟堂碑(シリーズ・書の古典)
編者−赤平泰処・図版監修−高橋蒼石
全文収録・骨書・現代語訳・字形と筆順の解説・臨書作品にふさわしい部分の紹介