現代の私たちは、書作品というと、展覧会場で見るのがふつうだと思っています。作品鑑賞のための展示です。ですから一度にたくさんの作品が眼に入り、それらを順に鑑賞するわけ。
でも、一昔前は、床の間に飾られた一点の書が、その部屋の空気を決めていました。書はそれほど力のある造形なのです。
上は、去年、加島美術の「比田井南谷展」でメインになった作品です。これは展覧会のために制作されたのではありません。
まずは、どんなふうに書かれたのか、これに似た作品を書いているユーチューブの動画をご紹介します。24秒から43秒のあたりです。硬めの毛で短鋒の筆を使い、意識を集中してじっくりと書いていきます。現代の先生方が羊毛の長鋒で勢い良くお書きになるのと、ちょっと違います。
この作品が最初に発表されたのがこれ。銀座にあった「阿嬌」というバーの移転通知です。はがきの見開きに印刷された作品はすごい迫力です。この「阿嬌」というバーのご主人は古美術収集家だったそうです。「俺の作品の前で裸の女の子が踊ってるんだ」と、南谷は言ってましたっけ。とするとキャバレーかな。
この作品はずっと行方不明でしたが、数年前、玉川堂さんが発見してくださり、買い戻すことができました。
そしてその後、2016年に加島美術の壁面に飾られたわけですが、それだけでは終わりませんでした。
フランスの歌手、クレモンティーヌさんのプロモーションビデオの背景に使われていたのです。クレモンティーヌさんが歌っているのは、私たちの世代には馴染み深い「男と女」の映画のテーマミュージック、ほらあの「ダバダバダ、ダバダバダ」。歌声がなんとも作品にあうんですね、これが。
その後、この作品は、またまた新しい空間を作りました。加島美術で開催された「幽霊ナイト」。鏑木清方のお菊の絵をはじめとする幽霊画を、照明を暗くして小型行灯(LED)で鑑賞する秀逸な企画(怖かった)で使われたのです。
なんと、落語の後幕(後絵・・・後書)ですよ。
柳家燕弥師匠(書道テレビで生徒さん役で出演してくださいました)が演じたのは「お菊の皿」。「後ろに南谷先生の作品なんて、緊張します」(燕弥師匠の師匠は高橋蒼石先生、その師匠は比田井南谷ですからね)という言葉とは裏腹に、面白かったのなんのって。南谷に見守られていたような気がします。
絵画もそうですが、書を飾ることによって、空間はいろいろに変化します。純和風もいいけれど、異文化とのコラボレーションもおもしろいと思いました。