梧竹と明治の書 メッセージは「百代の新風」


徳島県立文学書道館で「梧竹と明治の書」展が開催されました。
この展覧会の図録に、日野先生が解説をお書きになっています。最期を自覚された先生は、この文章の中に現代の書への痛烈な批判と梧竹の書への限りない愛情を込められました。
そこで二回にわたってこの文章をご紹介し、ブログを閉じたいと思います。





 近代黎明期の作品/書家でない人士のパワー

 

ことしの梧竹展のテーマは「梧竹と明治の書/近代黎明期の作品」ですが、やはり明治は多彩で、それぞれの人がそれぞれの信念で書いているんだという印象をうけました。ここに名を連ねる勝海舟、伊藤博文などといった人たちが、どのように書けば人気が出るだろうかなどと、他人の顔色を伺いながらの計算をするわけはありません。彼らは幕末維新のまっただ中で、互いに白刃を交わして切り結び、殺すか殺されるか、文字通り必死に命がけの日々を生きた面々だ。誰もが「自我作古/我より古えをなす」の心意気をもっていたのは当然です。梧竹も、桜田門外の変のとき、はだしで藩主の駕籠脇に従い、雪に散った井伊直弼の鮮血をみたと語っていたそうです。八十歳過ぎの写真にも、木刀のようなものを腰に手ばさんでいるのが写っています。

 現在の私たちは、書といえば展覧会、美術館などをイメージするようになっていますが、長い書の歴史からすれば、それは戦後わずかの期間の特異な現象だともいえます。三条実美や富岡鉄斎がどこかの展覧会に出品など考えるだけでも滑稽です。今度の展覧会をみるとき、現在の「書道界」の常識は、現在の「書道界」の範囲だけで通用する常識だということを頭に入れておくことが必要です。「明治の書」の中にあっては、「書家」ではない人士の書が大きなパワーを有する存在であり、当時でも現在でも、世人一般の関心は「書家」の書よりも「書家」ではない彼らの書に注がれているのが実状です。

 

■明治の書と現代の書/断絶を埋めよ

 「明治の書」と現在の書は、一応は一連につながったものではありますが、もっとも肝心な大本のところには厳しい断絶があるように思われてなりません。この度の展覧会は、現在の書に対してその断絶の修復を強く求めるものと、私は感じています。

 現在の書はある意味ですいぷんと器用に立ち回ることができるようです。始めて毛筆というものをもったギャルが、ホウキのように大きな筆にバケツの墨汁をふくませて紙面をぬたくりまわし、横から「個性が紙面に躍動しています」などとはやしたてる、というような演出も不可能ではなくなっているそうです。おそらく二度と筆をもつ機会などないでしょうが、字を書く気分どころではなく、パフォーマンスを愉しんでいるだけで、文字を書くことで何を表現するのかなどは問題外でしょう。

 書が展覧会場向けの限定品となると、流行にのったのがいい、目立つのがいい、騒がれるのがいい、視聴率が上がるのがいい、入場者が多いのがいい。結局は、何でも経済効果、商売の方が気になってしまいやすいのは目に見えています。書の世界は、利権争奪・権力闘争、シェア拡大競争、そんな種類のものとは無縁だったはずだと思うのですが、経済効果優先の時節柄、書道界にもおいしいマーケットとみて群がってくるハゲタカたちがいないわけでもないでしょう。そんな環境の中では、肝心の書の到達目標も包み紙のデザイン程度のところに移転して、人目を惹く付加価値を狙ったなくもがなの小細工が目立つことになるのでしょう。明流人の志や気概からは隔絶した異文化の世界が形成されても不思議ではないようなカルチャー環境です。

 この展覧会がかかげる「近代の黎明」のタイトルにも赤信号が灯りそうな話になってしまいました。現代の書を憂う遺言書ともいうべき春名好重『よみがえれ! 書』が出たのは10年前でしたが、私たち書道界のそとにいる者には、「書の危機」を自覚し克服しようというような書道界の動きはあまりみられないように思います。文化庁が昨年、マンガやアニメを国際的な「ソフトパワー」の競争力を持つ産業として着目し、117億円をかけて「アニメの殿堂」建設をもくろみました。私もいくつかの集会で「墨の殿堂」建設運動を提案してみましたが、書道界の関係者たちからの反応はほとんどゼロでした。「近代の黎明」と思っていたものが、実は「現代の混迷・没落への予兆」で、最後にやってくるのが「書の終焉」だったなんてことになるなら、また何をかいわんやです。明るい将来像のヴィジョンが見えてこないのは政治屋さんの世界だけではないようです。

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