2009年10月 7日
奉呈悟由禅師 --同心円章法と視心
ここ1か月ほど篆隷を観たので、草書にもどったのは久しぶりだ。森田悟由禅師に贈った詩書大作、永平寺東京別院長谷寺の蔵幅である。悟由禅師は曹洞宗6代管長、永平寺64世貫主。梧竹が中風を発して郷里に帰ることを決心したときには伊勢幸で引導の導師をつとめ、禅師の筆になる梧竹の位牌が小城の香雲寺にまつられているなど深い親交があり、両人で交換した次韻詩なども多く残っている。本作もその一つである。
武野 風寒く 雪正に深し 老僧七十 恵然として 臨む
機鋒 百錬 天魔も避け 騰六 飛廉も 何ぞ侵すを得ん
悟由老大禅師に奉呈す 時に二月十八日 此の日風雪 梧竹拝
長谷寺では2001年の第7回東京セミナーのために本書幅をとくに公開され、参加の会員一同深い感銘を受けたことが鮮やかな記憶として残っている。内村云齋教授が当日の私の解説を簡明にまとめてくださった。
梧竹の書は晩年になるにつれて「むだ」が省かれていく。これは梧竹の書の「立体的構成」と密接に関係している。
梧竹の作品を鑑賞していると、前に飛び出て見える文字、背後にしりぞいて見える文字というように、文字が遠近的に空中に浮かんでいるように見えて来、いつしか紙面が消えていることに気づく。梧竹の作品には「遠近法」が確かに存在している。西欧絵画の遠近法は幾何学的遠近法であり、あるいは色彩の明度を利用した遠近法(バルール、明るい色は暗い色より前に出て見える)であるが、書の作品にも墨の濃淡・かすれや筆の表裏、点画の交差、文字配列の効果等によって遠近感が現れる。梧竹はこの遠近感を意識的に追求し、独自の「遠近法」的書法を創造確立した。
「遠近的」書法の柱として次の三つが考えられる。
○点画(線)の立体性...海老塚的伝が指摘した、篆筆による「点線」。
○文字の立体構成...「会報」第21号「文字の立体構成 梧竹鑑賞(18)」参照。
○独自の章法(文字配列法)による作品の立体構成。
章法に関して。
(A) 幅をかけた床の間を前に正座した鑑賞者の目線の高さを充分考慮して、紙面上部の文字と文字間の空白は大きく、下部の文字と文字間の空白は小さく書くことによって、紙面があたかも鑑賞者の眼を中心とした球面のように見えてくる。
(B) この作品の縦方向の文字の配列をみると行の両端はきちんとそろえて書いてある。
横方向の文字配列を見ると、斜めの余白が形成されている、これも全体の遠近感に大きく関係している。。
(C) 梧竹八十歳代に完成をみた草書章法は、行間を無くしている。梧竹は伝統的な章法における行間の余白も「むだ」と感じ省こうとした。勿論、ただ単に行間を「むだ」として省いて事たれりとしたのではない。
梧竹は平面的行間に代えて、他の誰もが考え及ばなかった立体的な「行間」を創造した。梧竹は行間を平面的・二次元的なものから、奥ゆきをもった立体的・三次元的空間に転換するという、全く独創的な章法を創出したのである。
(D) 梧竹作品の遠近感は、単にある文字が前に出、背後にしりぞいて見えるというだけのものでなく、ある行が前に出、ある行は奥にしりぞいて見えるという複合性をもってくる。
当時私はまだ「同心円章法」「視心」という明確な認識に至っていなかったが、大筋の解析については現在も変わりはない。「同心円章法」は先週の隷書「尊楗閣刻石」でもみられたが、本作をはじめ多くの草書作が同じく「同心円章法」のコンポジションで構成されている。また本作ではとくに、文字や余白のベクトルが合力点となる「視心」に収斂することが明確に造形として表現されている点に注目したい。コンポジションとしてみればこれを視心を中心とする「放射線章法」ととらえることもできる。つまり「同心円・放射線章法」ということである。さらには中国人が慣用する米宮格のイメージもうかぶが、そこまでは思い過ごしかもしれない。蛇足とも思われるが、あえて参考図を次に示した。
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