2009年9月11日
もう一つの梧竹(篆隷4)−皮・肉・骨/臨書・倣書・創作
晩年の著作「梧竹堂書話」は「形にこめられた意(こころ)を得たなら形にはこだわらず、神(こころ)が似ていれば象(かたち)が似ないのは気にしない」といっている。両碑の共通文字について比較しても、字形はあまり似ていないものが多いが、風合い、雰囲気は巧みに取りこんでいる。下図には、比較的原典に近い形の「霊」「離」2字を示した。左が「漢・祀三公山碑」、右が「鉄舟居士賛碑陰」。
「書話」は「書には皮、肉、骨がある。この三者がそなわって品位が生じる。古碑の字は痩せて硬く、皮や肉がないように見えるが、初めからそうだったのではない。長年風雨にさらされ、皮肉がすり減って骨だけ残っているのだ。今の人は、すり減った残骸のまねをして、高古だなどと喜んでいるが、痩せおとろえ骨張った書に風神などあるものか」ともいっている。この2文字の比較からも、具体的に納得することができよう。一応のイメージとして、「皮」とは文字と余白(この場合は余黒?)との境界線、つまり文字の輪郭線ととらえてみるなどすれば理解しやすいことと思う。
次には、共通字のうちで字数の多い「之」「其」をひろってみた(上が「漢・祀三公山碑」、下が「鉄舟居士賛碑陰」)。文字数の多い「之」では自由自在のバリエーションを楽しむこともできる。「書話」は「漢魏の書には古朴な雅致がありあまるほどに具わっているが、やさしさ穏やかさが足りない」と評している。ここにあげた共通文字を見比べてみると、「鉄舟居士賛碑陰」では漢碑に不足するもの補完を意図したのではないか。それはまた日本的な情緒、日本武士の気象にも通じるものではないか。
「書話」はまた「蘇東坡が「詩では枯淡を貴ぶというのは、表面は枯れているようで中味に脂気があって豊潤、淡であるようで実は美なるものをいう。表面も中味もすべて枯れきった詩などは論ずるに足りない」といっているが、書も同じで、漢魏六朝の書は表面は枯れているようでも中味は豊潤、淡なるようで中味は美。気高く趣きの深い風韻はそれによるのだ。現在の人はやせ衰え枯れきった字を作るだけで、豊潤な美の中味がない。素晴らしいといえる書をみたことがない」とも書いている。
中西慶爾「中国書道辞典」によれば、「倣書」とは、「古人の結体筆意をもととして作品を作ること、臨書によって得た力をさらに自分のものにするため、その手本とは違った語句をその筆意によって表現することで、創作への段階として臨書、背臨、倣書ありとすれば、その最期の方途で、次にくるものは純然たる創作である」としている。書を習う人の立場からの発想で、言葉としての割り切りは明快だが、実際はどういうことになるだろう。いったい「純然たる」かどうかの判定基準があるのか。純然たる創作があるのなら、純然たらざる創作というのも存在するのか。
梧竹の「鉄舟居士碑陰」は倣書か創作か。中西慶爾の定義によるとしても、倣書ともいえようし創作ともいえよう。同一人であっても、時と場合によって、倣書ともいい創作ともいうかもしれない。当の梧竹本人はどう考えていただろうか。倣書か創作か、そんなことが意識に影を落とすことなど全くなかった、と私はそう感じている。
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