2009年8月20日
もう一つの梧竹(篆隷1)
「もう一つの梧竹」と命名したのは比田井和子女士。梧竹のメイン・テーマを草書=王羲之ととらえて、篆隷金石など草書以外の諸作をそう呼んだのだ。5月21日「廬山烟雨」で紹介したところだが、今回はタイトルに借用を願った。
左は清国留学時の自詠詩、「天津に過る舟中の作」。
岸壁や堤が転回したり曲ったりして水路は長く続いている。東風そよぐ三月のすばらしい風光。天津港のあたりは氷も溶けてすっかり春色に染まり、碧一色の波に緑の楊が映っている。
明治17年、3年ぶりの帰国を前にしての作かと推察。気分も明るく弾んでいる。書いたのは帰国して数年後で「旧作」とことわっている。作詩の年代と書作の年代を取り違えないよう注意が必要だ。
右は「漢尚方仙人鏡銘」の臨書。
尚方(宮廷の調度品をつくる役所)がこの鏡を作った。真に上手くできている。仙人の絵があって不老、玉泉の水を飲み棗を食す。天下四海に浮遊し、寿命は金石のごとく、国家の保たり。
馮雲鵬・雲鵷「金策」巻6に、尚方仙人鏡というのが5面ある。この1面だけが珍しい陰文(文字を彫り込んである)で反書(左右裏がえしの文字)である。書作品としても、こんなに反書の多いのはあまり例がない。
このような書風も梧竹の六朝書といわれることが多いのだが、「明治時代には鳴鶴・一六・梧竹らが中心となって六朝書が興隆した」とする日本書道史の通説がアタマに染みこんでいて、それにつじつまを合わせた見解ではないか。この時期、梧竹の目はすでに六朝をテイクオフして漢代に注がれている。自運と臨書がぴったりリンクしながら、漢代の古風を目ざしている。六朝(北派、碑学派系の)書を梧竹が書いたのは、正確には渡清前の長崎時代だったというべきではないか。
先週の「北京学習ノート」からも読みとることができるように、梧竹は第1回の北京留学で、自身の70歳ころまで10年間のカリキュラムを構想している。今日の流行語でいえば自分向けのマニフェストみたいなものだ。帰国後は過程をふんで、着々と実践を進めていった。そう考えると、明治30年に第2回の北京再訪を思い立った背景も、くっきりと理解できるような思いがする。
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