2009年8月 6日
梧竹寿塔
8月4日は梧竹先生の命日。郷里の佐賀県小城市では、中林梧竹翁顕彰会の主催で三日月町長栄寺において97回忌法要が2日に繰り上げてとり行われた。先生の法名は「梧竹堂鳳栖五雲居士」。墓所は長栄寺と東京都港区三田の薬王寺の2箇所にある。
ある日薬王寺に、「わしを檀家にしておくれ」といって一人の老人が訪れた。「何をなさるお方か」と問われて、「字を書くのが商売じゃ」と答えたのは梧竹その人だった。
薬王寺には先師山内香雪の墓がある。梧竹は78歳のとき先師の墓側に自分の寿塔を営んだのである。梧竹は生涯の中で、72歳のとき富士山頂に『鎮国之山』銅碑を建立、82歳のとき郷里三日月に観音堂を創祀した。東海第一の霊峰に日本最高の書碑を立てて書業を不朽に伝え、藩侯の「天外一閑人」の書を刻した自分の永宅を営み、観世音の弘誓に祖先の祭祀を託すという超凡の発想は、梧竹の人生を象徴する三大パフォーマンスである。
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寿塔ができあがったとき、死んでから香典をもらっても仕方がないと、「梧竹翁冥土行送別会」の案内状を配り、永平寺の森田悟由管長を導師に招いて葬式を執行し、盛大な宴会を開いて集まった香料を使ってしまったというのは有名な話である。「用意ができると死んでみたくもある」と親しい人に語ったともいう。
そこからは梧竹の人生観、死生観、人間悟道がうかがわれる。またこれらパフォーマンスをいわば公式見解的なものとみるならば、その裏に隠された梧竹の人間味、シャイなお洒落ッ気が頬笑ましく感じられる。梧竹の書境もパフォーマンスとシンクロして進化展開をみせている。
梧竹には、きまじめ・律儀・几帳面・義理堅さと、大雑把・いい加減さの両面が同居している。派手好み・目立ちたがり・太っ腹の反面、シャイで寂しがり屋の性格がのぞいている。書も二面性を秘めていて、スタンダードで、オーソドックスで、ほどよいバランスをもつと同時に、ヘテロドックスで、エキセントリックで、アンバランスなアングラ傾向をも内蔵している。アバンギャルドなアカデミズムとでもいうか、書作にも二律背反とその統合といった性格を見出すことができる。
少し不謹慎な表現かもしれぬが、私はこれらを梧竹の「おしゃれ」と捉えてみたい気がする。容易に人には気づかれないほどさりげない、純度の高い桁外れの「おしゃれ」。梧竹は一人になったとき、にんまりと微笑んだりしたかも知れない。それだけの力量を備えていればこそのもので、梧竹の生命である書作の中にも随所に感じられるものである。
この墓誌は独草体(一字一字独立した草書)で書いている。梧竹はこのころ創作した独自の連綿草書(数文字あるいはそれ以上を連続して一筆で書く草書)を盛んに書いていたが、独草はその対極の書体だ。王羲之「十七帖」の倣書(原本の筆意や結体をまねて原本と別の文を書く)とみてもよいだろう。成田山新勝寺にある64歳の「集字聖教序」臨書碑は完璧な形臨(原本の形をそのまままねて書く)とあわせてみると、この墓誌は王羲之シリーズ続編ともいえそうだ。自由奔放、奇矯の六朝書家などといわれたり、この当時は盛んに連綿書を書いていた梧竹が、こんな規則づくめのようにきちんとした臨書や墓誌銘を書いて、世間の知らない梧竹の底力をさりげなくアピールしているのだ。
(注)川浪惇司「江戸東京の碑を歩く/第15回白金高輪から三田へ」にこの碑が紹介されています。ここをクリック。
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