2009年6月18日
孝経12幅対(その2)----孝の字
梧竹といえば風変わりな文字を書くというイメージをもっている人があるが、それは偏った一面観だ。「孝経」の本文49字、落款15字、華やかに輝くような12幅だが、1字1字は(梧竹には例外的といっていいほど)坦々とおだやかで、いわゆるデフォルメした文字もない。バリエーションはごくひかえめに抑えた自然な形にまとめている。
「孝経」の文だから当然重出文字が多い。事が9字、之が7字、以が6字、於而君故其孝が5字、父敬也が4字、母忠子が3字、資愛同取者則順長不保無用天庶人可移が2字、あとの四十二文字が1字。重出文字がほぼ3分の2を占めている。その重出文字の変化(バリエーション)と反復(リフレイン)が、余裕の感じや変奏曲を聴くに似た安定感を生んでいる。
孝の字は5字。第8幅2行目一番下の孝はとくに印象的。一筆一筆、のびやかで何という美しさ。それをぴったり緩みなく組み上げて形成した孝1字は、優に1個の建造物の存在感を示している。
この字は才(十とノ)と子、あるいは草体の世と子、または草体世と平仮名るとの合体した形とみることができる。その第3筆ノの起筆が思いきり右の空間で始まる。ふつうは第1筆と第2筆の終点を結んだ線からあまり極端にはみ出さないものだが、梧竹は3倍くらい離した。そこから子の始めに到着するまでの伸びやかで長い時間と距離。まるで陸上競技のランナーがトラックを一周するのをビデオでみているようだ。鈎状になったノの起筆を見たときから物語の予感は始まっていたが、書の枠組みを越えたオーラをもっている。ノを消去すると十と子となるが、これだけでもうまく縦のバランスがとれている。そして、ほぼ平行な十と子の横画を、一見何気なく見事に連結したのは斜画ノのはたらきだ。
斜画ノは、十の縦画とタッチしているのでなく、縦画から距離を置いて、ずっと後ろを迂回する。十の後方にさしかかるところは渇筆(かすれ)気味になり、十の後ろを通過するとグンと角度をつけて紙面の前にせり出してくる。西洋画でいうバルールの効果に似た立体表現だ。線の反りも下に凸から上に凸と変わり、子の部分にうまく連なって、孝の3次元立体構造を組み上げ、文字に勢いを生じ、直線的な十と曲線的な子を自然に接合する。
梧竹の書では、書の線と絵の線はボーダレスとなった。そこからオーラが出、上品なお色気やフェロモンも生れる。12幅の1字1字をじっくり見ていくと、沢山の秘密が随所にかくされている。
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