2009年6月 4日
朝遊詩書圃−−ポイントは目の高さ
明治神宮での梧竹の会東京セミナーのあと、感動のお便りやメールをたくさんいただいている。それほどに皆さんが感動されたのはなぜか。美術館の展覧会のようにガラス・ケースに遮られることなく、梧竹の書のシャワーに直に接したことだ。そして、お床に掛けて坐って観るという本来のシチュエーションだったことも見逃せない。
とりあげたのは82歳筆『朱希晦詩句/朝に詩書の圃に遊ぶ』144.5×22.5cmの書幅。解説をお読みになる前に、ご自分の感性をフル回転して3つの図をじっくりと比較していただきたい。
あなたは3つのうちどれがよいとご覧になっただろうか。誰だって左図と思うにちがいない。際だった完成度、文字のバランス、遠近感など、どこからみても完璧だ。
中図はかなりよく似ているのだが、総合的に見て左図には及ばない。もしも左図がなったならば、これでも素晴らしい書と感じるにちがいないけれど、左図の素晴らしさに比べれば幾段劣ってみえることはやむをえない。
右図となると、もうまったく見るにたえない。「朝」は無様に大きく間延びして、下へ行くほど奥へ奥へと引きこもって、「圃」などは物陰にちぢこまっているようだ。バランスも遠近感も滅茶苦茶で、全体にだらしない。とてもとても梧竹の名筆などとは思えない。
さて、種明かし。これは『朝遊詩書圃』の書幅をカメラの位置を変えて撮影したものだ。カメラ位置は、左図では「書」字の高さ、中図は「遊・詩」の間、右図は「朝・遊」の中間の高さに構えている。この書幅を鑑賞するとき、私たちの網膜に映る写像は、眼の位置にしたがって、この図のようになっているのだ。
原本のコピーとして物理的に正確なのは中図である。画面の歪みが少なく出版物の図版として好都合で、一般的にはこれこそがベストの写真と信じられている。梧竹が画仙紙に書いたのは中図だったのだ。しかし梧竹がそれによって私たちに発信しようとした本当の美の姿は左図だった。梧竹の頭脳に組み込まれたコンピューターは、鑑賞者が正常な状況で中図を看れば、左図のイメージがきちんと受け取られることを計算していたのだ。
私たちは従前から「視心」の重視を主張している。この書作では「視心」が「書」字の位置にある。だから梧竹のメッセージを受け取るためには、鑑賞者は眼を「書」字の高さにおかなければいけない。それがお床に掛けて前に坐った眼の位置だ。そのとき鑑賞者の目に、梧竹が発信した左図のかたちとなって映るのである。梧竹の時代、あるいは戦前までのわが国では、それがごく一般的で自然な状態だったのだ。
戦後わが国の家屋がウサギ小屋といわれたりして、各地の展覧会場でも展示室の天井高が低くなった。鑑賞者も立って(時として歩きながら)鑑賞するのが一般的となった。そんな風潮もあってだろうか、美術館の陳列が作品を低く掛ける、つまり鑑賞者の眼の位置を右図状態に置く、傾向になっている。私たちは梧竹展の展示では、書幅の下から2・3字目辺り(視心)が起った人の眼の高さになるような陳列を主張して、梧竹の書の本来の美のかたちを誰もが享受できることを願っている。
東大寺の仁王さまも、ミケランジェロのダビデも、下から見上げる人の視線に合わせてつくられている。あれを地上におろしたら、バランスは崩れてグロテスクな塊となってしまう。これらも今回の話とまったく同じ事象だ。余談だが、この書もゴッシック建築の天井画として書くとしたら、右図の形になるのかもしれない。
今回は軸装(半切程度以上の大きさの)書幅についての話で、小品や、屏風・額・巻子・帖などでは、それぞれに適合した構成がおのずとあることはいうまでもない。
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