79歳の一行書

中林梧竹 春.jpg 梧竹堂旧蔵の79歳筆1行書20点ほどの一群は、同時期の大作、壮麗を極める連綿草書のかげで派手には目立たない存在となっていたが、その一点を床の間にかけ、静座してじっくりと相対すれば、尽きせぬ滋味が泉のごとく溢れ出る名品揃いだった。


 
中林梧竹 4月s.jpg

院落 簾垂れて 春日長し  
院落(垣根でかこった屋敷)は簾(すだれ)を垂らし  のどかな春の日は長い

水 芦花を繞(めぐ)り 月 船に満つ
水辺の芦は花をつけ 月の光が船いっぱいにそそいでいる

床の間に一幅をかけると室内の空気が一変する。のんびりと簾を垂れた春昼ののどけさ、芦花と月光を浴びた船を包みこむ水辺の秋夜の気配。それぞれの詩境を巧みに演出する秘密は下3字の造形工夫がポイントとなっている。

梧竹書法の変遷をふりかえると、大きく2度のスクラップ&ビルドを認められる。一つは、明治維新後の50歳代半ば、長崎で余元眉と邂逅し北京の潘存のもとに留学。漢魏六朝、中国風へのアプローチをテーマとしてはじまった。60歳代に入っては徐々に方向転換、日本風への回帰をめざすこととなり、70歳代前半の過渡期を経て独創の連綿草書を完成、長鋒筆書法の至極に到達する。二つは80歳を越え、さらに深厚な新境地をめざしたスクラップ&ビルド、技の長鋒から心の短鋒への挑戦。驚異的な爆発力を発揮し大変身をとげる。

79歳筆1行書の一群は、2つのスクラップ&ビルドの狭間にある。完成された長鋒書法が暫時の静けさを得て、梧竹書業変遷の中に一つのピークを形成した。才色兼備ということばがあるが、艶において80歳以後の色に及ばぬとはいえ、多彩を極める才においては引けをとらぬ冴えをみせている。

ブログでの紹介は前回の「高人自与山有素」、今回の徳島文学書道館所蔵2点にとどまるが、一連の書作は海老塚的傳『梧竹』(清雅堂)、『書道全集25日本11明治大正』(平凡社)、日野俊顕『中林梧竹 書』(二玄社)、日野俊顕『中林梧竹の書』(天来書院)などに掲載されているので鑑賞をおすすめしたい。

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