2009年3月19日
連綿草書-その3
眩(めくるめく)ということばを文字たちで表現したような、ハイテクをぎっしり詰め込んで、生彩あふれる一幅、「早起即事」と題する自詠詩である。伊東卓治が懐素以上といったのも、このあたりに由来するのだろう。
海老塚的傳が「打ち込む隙のない余白の美しさ」といったのは、この一幅の余白のどこかに、一個の点を打って、一幅を現在よりも美しくする余地があるかとの問いかけである。
さらにいうなら、そもそもこの一幅には、ふつう考えるような余白が存在しない。梧竹は余白といえども、不要とみれば削り取ってしまったのだ。その結果、行間にはおよそ一行分くらいの余白をおくものだが、この作では行間の余白はほとんど消失してしまったのだ。
ただ闇雲に、行と行をくっつければよいというものではない。ジグソウパズルのピースを組み立てるように、上下左右の文字との間に完璧な整合性がなければ、一幅からは喧噪な不快音を発することになる。過渡期(2月12日のブログ参照)における苦心と工夫がそこにあったのだ。梧竹の文字におけるデフォルメは、そのような必然性から、文字のおかれる場所に最適の姿形として生まれたものだ。このハイテクを私はジグソウ・マジックと名付けて、皆さんに親しまれている。
水漏沈々として滴り
小窓に碧紗を捲く
朦朧として春暁白く
微雨花を妨げず
早起即事
比較のために一幅全体の連綿線を並べてみた。一つ一つの形や角度には変化があり、まさに『梧竹堂書話』にいう「林巒一様ならず、水石余態あり」のおもしろさだ。
同じカテゴリの記事一覧
- 聖寿無窮 補説 蒼海・順徳院殿墓碑 2009/11/12
- 聖寿無窮-(11月の幅) 2009/11/05
- 鶴林玉露 連綿草書の昇華 2009/10/29
- 奉呈悟由禅師 −−追補2(ジグソウ・マジック) 2009/10/22
- 奉呈悟由禅師 −−追補1 2009/10/15
- 奉呈悟由禅師 --同心円章法と視心 2009/10/07
- もう一つの梧竹(篆隷7) 尊楗閣刻石臨書 2009/10/01
- もう一つの梧竹(篆隷6) 篆隷のバリエーション 2009/09/24
- もう一つの梧竹(篆隷5) 進化のアーカイブ 2009/09/17
- もう一つの梧竹(篆隷4)−皮・肉・骨/臨書・倣書・創作 2009/09/11
- もう一つの梧竹(篆隷3)-鉄舟居士賛碑陰 2009/09/03
- もう一つの梧竹(篆隷2)−臨書とは? 2009/08/27
- もう一つの梧竹(篆隷1) 2009/08/20
- 梧竹叢書----北京学習ノート 2009/08/11
- 梧竹寿塔 2009/08/06
- 山谷題跋 2009/07/30
- 楊守敬との接点 2009/07/23
- 楚公鐘銘臨書――臨書にこめる精神性 2009/07/16
- 桜岡公園----時代を跳び越えるモダンな篆書 2009/07/09
- 破滅に瀕した12幅 2009/07/02
- 孝経12幅対(その3)----自然の形 2009/06/25
- 孝経12幅対(その2)----孝の字 2009/06/18
- 孝経12幅対(その1)----書と踊りのコラボ 2009/06/11
- 朝遊詩書圃−−ポイントは目の高さ 2009/06/04
- 墨水邨居雑首 2009/05/28
- 廬山の烟雨ー「もう一つの」モデル 2009/05/21
- 春風動春心 2009/05/14
- 杯渡海鼇避 2009/05/07
- 跳筆―折り目書法 2009/04/30
- 79歳の一行書 2009/04/23
- 高人自与山有素 2009/04/16
- 風竹の図 2009/04/09
- 空眼―『内閣秘伝字府』のこと 2009/04/02
- 点線のヴァリエーション その3 2009/03/25
- 連綿草書-その3 2009/03/19
- 連綿草書 その2 2009/03/11
- 梨本君の秋竹画賛 2009/03/05
- 連綿草書 その1 2009/02/26
- 懸燈照清夜――過渡期の書 2009/02/19
- ナマズの髭――超長鋒筆 2009/02/12
- 鳩の足跡――進化のターニング・ポイント 2009/02/04
- 点線のヴァリエーション その2 2009/01/29
- 点線のヴァリエーション 2009/01/22
- 般仲盤銘の臨書 2009/01/14
- 杉山神社―円筆 2009/01/08
- 明けましておめでとうございます 2009/01/01
- 王羲之の位牌 2008/12/25
- 字ハ王内史ヲ摸ス 2008/12/18
- 潘存の予言 2008/12/11
- ブエンの王羲之 2008/12/04
- 中林梧竹 なぜ80歳以降? その4 2008/11/27
- 中林梧竹 なぜ80歳以降? その3 2008/11/20
- 中林梧竹 なぜ80歳以降? その2 2008/11/13
- 中林梧竹 なぜ80歳以降? その1 2008/11/06
- イントロ 2008/11/01