王羲之の位牌

位牌ss.jpg私がはじめて佐賀県の三日月村に梧竹村荘を訪ねたのは、昭和34年の早春だった。三日月堂には、梧竹が尊崇した観世音を祀っている。地元の人は梧竹観音堂とよぶ。

 

 

 

 

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ほの暗い堂内で観音像に合掌、傍らに三基の位牌がある。中林家代々の先祖、歴代旧藩主、先師先人の各霊位だった。先祖の霊位を祀るのは世間一般のことだが、旧藩主、先師先人を丁重に祀った梧竹の心情に、強い感銘を受けた。

先師・先人の木牌に刻んだ文字は、
 先聖孔夫子之神主 右軍王逸少之木主
  先師草場佩川先生  先師山内香雪先生
 先師余元眉先生 各位

右軍王逸少之木主には書の本源大宗への心を尽くした敬慕の情がこめられている。荘重謹直、「宣示表」や「黄庭経」を思わせる楷書である。先聖孔夫子之神主には道徳的精神的規範の始祖への篤い尊崇の念、3人の先師の霊位には暖かい親愛の情が文字に溢れている。

王羲之細楷の臨書は、現在まで管見中に未見だが、「余、王右軍の書を好み臨模年有り。就中最も娥孝之碑を学ぶ。淨画幽艶、深旨言うべからざる所有り。いま清齋君の臨する所を観るに、真に我が心を得たり。敬服々々」(原中文)と朱筆で記した中国人との筆談紙箋が残っている。「娥孝之碑」は『孝女曹娥碑』で、これを最も学ぶとあって、他の細楷書も臨書したことを確認できる。

梧竹の『蘭亭序』臨書は伝存しない。最晩年の著作『書禊帖後』に、蘭亭序は、文字の結構が絶妙を極めるものの、陰鬱で字外の風韻に乏しい。これを臨書すること幾百か数知れぬが、自分の臨書に満足したことがない、と述べている。 (日野俊顕『梧竹書芸集成』(講談社 昭54)に本文と読解を収載)

明年2月14日から3月22日まで、徳島県立文学書道館で「中林梧竹展-梧竹が書いた王羲之」が開催される。各年代の『十七帖』臨書など、羲之と梧竹の香気が会場に溢れるだろう。

梧竹は明治41年、郷里佐賀の三日月村金田に三日月堂を創祠し、堂前に梧竹村荘を営んだ。大正2年8月4日、87年の生涯を終えたとこ ろである。村荘の由来を述べた自筆の『梧竹村荘記』は、梧竹の会で 原寸レプリカを作製、会員に配布した。

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